ミニ小説 傑作集 およそ2000文字程度に、長短合わせた内容を盛り込んだ小説集

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ミニ小説 傑作(迷い込んだ異世界の恋)

鏡の中の女

今日で一週間になる。

この界隈にある店は全て行きつくした。この店で最後だろうか?

“お会計です。” 差し出された紙切れには、《二十万円》と書かれていた。ポケットの財布を探るが感触はなかった。

身ぐるみ剥がされるとはこの事だとばかりに、まさにパンツ一丁になった。俺と差ほど変わらない年齢と思われる兄ちゃんに散々殴られ、道端に転がる。大の字で空を見上げると、今日は満月の様だ。

恐らく鉄の匂いを発するであろう口からは、乾いた笑い声が漏れている。俺の人生こんなもんだ。親父の顔は見たこともない。お袋も俺が物心つく前に、どこかの男と消えた。それからは良く覚えていない。飯に有り付けそうな場所を転々とし、この街に辿り着いた。

「ふ・ふ・ふ」

女のやや高い、区切るような居心地の悪い笑い声が、寝転んだ俺の頭上から聞こえた。仰け反って向こうを覗くと、棒付きの飴玉を頬張った短髪の女が逆さまに見えた。身体は鉛の様に重たかったが、何とか起き上がった。

俺が身を起こすのを待っていたかの様に、女は奇妙な笑みを顔に貼り付けたまま踵を返した。そしてその姿は、ゆっくりと遠ざかっていく。俺はそれに吸い寄せられるように後を付いていった。

女は一度も振り返ることなく、ゆっくりゆっくり進んでいく。30分ほど歩いただろうか?女は古いアパートの前で立ち止まった。俺は気付くと女の直ぐ近くまで来ていた。

暫くアパートを見上げる様に見詰めてから、女は建物に向かって歩き出した。俺もその後に続く。カンカンと音の鳴る外付けの階段を登り、女は《202》と書かれた部屋のドアノブを引き、その中に消えて行った。

俺も憑りつかれた様に部屋へと足を踏み入れた。部屋の中は薄暗かった。豆電球が一つ灯されているだけ。物は何も無く、ワンルームの部屋の中央にラグが1枚敷かれていた。女はそのラグの上に仰向けで横たわっていた。

「ふ・ふ・ふ」

再び聞いたあの笑い声が呼び水となって、俺は女の上に跨った。女は相変わらず浮かべているあの笑みでこちらを見詰める。そして……。

「何処にも無いのよ。行き場所なんて……」

言い終わらないうちに、その唇を塞いだ。女の言葉を取り消そうと、激しく激しく貪る。女はそれを嘲笑う様に、より一層激しく応える。いつの間にか互いによって剥がされた衣服は散乱し、二人は深く、激しく戯れる。先程まであんなに遠く感じた女の瞳に、はっきりと俺が映っている。それは自分自身が確かに、ここにいる事を伝えた。しかし女は、俺が近づくと離れ、近づくと離れを繰り返す。永遠に続くかと思われた夜は、二人の意識が失われるのを待って終わりを告げた……。

目覚めると俺は、昨夜の店の前で転がっていた。体中の軋む音が聞こえるようだった。女は何処にもいなかった。あれは夢か?いやそんな事は無い。この唇に手に、感触は確かに残っている。

俺は起き上がり、昨夜の女のアパートに向かった。かなり酔ってもいたのでよく覚えていないが、何とか記憶を辿り探し続けた。しかしそれらしき場所にアパートは存在しなかった。

結局、その日は見付けることが出来ず、夜を迎えた。河原の土手を今夜の寝床に選んで、一人身体を丸めた。疲れていた。この一週間まともに眠っていない。まさに泥の様に眠った。

どれくらい時間が経ったろう?

「ふ・ふ・ふ」

またあの笑い声。ゆっくり目を開くと、直ぐ目の前にあの女の顔があった。この前と同じ笑みを浮かべて。

「分かったでしょ?行く場所なんて……。」

そう言いながら、ゆっくり唇を重ねてくる。聞きたいことは山ほどあった筈なのに、そんな事はどうでもよくなる。時間も場所も、自分が誰であっても。

女を上に乗せて抱き締めた。するとまた擦り抜けようとする。今度は離さない。今夜こそはその正体を暴いてやる。女の背骨が折れる程強く抱き締めて、腕の中に収める。もうこの女の事しか考えられなくなっていた。

「ふ・ふ・ふ、時間ね。」

女がそう呟くと、再び強烈な眠気が襲ってきた。“待ってくれ。もう少し。” 心の中で俺は叫んだ。それとは裏腹に、そのまま意識は遠退いていった……。

気付くとまた、あのアパートにいた。ラグ一枚敷いた何もない部屋に、俺は一人横たわる。あの夜と同じ豆電球だけで照らされた部屋は、女が居ない事以外何も変わらない様に見えた。

暫く天井を眺めた後、何気なく横を向く。一面の壁の前に、ポツンと姿見が置いてあった。ぼんやり見詰めていると、中に人影が動いた気がした。もう一度確かめようと起き上がり、鏡の前で中を覗き込む。

あの女がいた。あの笑みを浮かべ……。慌てて振り向くも、誰もいない。もう一度、鏡に向き直る。

「ふ・ふ・ふ」

鏡の向こうから聞こえる笑い声。女が手を伸ばす。もういいじゃないか。その手を掴んだ。その瞬間、頭の中がスパークした。この世に産まれ落ちてから今までの、全てが繋がった……。

誰もいない、何もない部屋に全ての終わりと新しい始まりを告げる朝日が射し込んでいる。

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