ミニ小説 傑作(交錯する男と女の想い)
お*と*こ
悔やんでも悔やみきれない。
たった一度、ほんの一時の出来心。そう片付けるには余りにも代償は大きかった。勿論、謝罪するつもりだ。しかしそれで済まされるとは思っていない。最悪のケース……そう、離婚も十分にあり得ると覚悟はしている。
『本当に済まなかった。』
「……。」
『謝って済む事だとは思っていない。君の納得の行くように出来る限りの事はするつもりだ。』
疚しい気持ちも手伝って、ついつい早口になる。それとは対照的に、さっきから彼女は微動だにしない。何を考えているのか?表情も乏しい。
『何でも言ってくれないか?気持ちの整理が出来ていないとは思うが……。それとも少し別居期間を挟んで、ゆっくり考えてみるかい?』
相変わらず彼女は無言だ。まるで置物の様な佇まいのまま。相手の感情が読み取れないと、正直どう対応すれば良いか分からない。動かない事態に、自分のしてしまった行いを悔やむ気持ちが蘇ってくる。考えれば考えるほど、当時の自分を呪いたくなってしまう。
次の言葉が見付からず困惑していると、彼女が突然顔を上げる。そして突如、満面の笑みで私にこう言った。
「私、離婚しないよ。貴方を責める気持ちもない。正直、腹は立つわよ。でも……やっぱり貴方の事が好きだから。その代わり、もう二度としないと、そう誓って!」
『……。』
今度は私の番だった。驚きに声も出ない。彼女の性格からして絶対に許されるはずがないと思っていた。全く想定外のことが起こった。
「自分でも、びっくりしている。こんな気持ちになるなんて。浮気は絶対に許さないと決めていたから。でも、いざ現実になって……思っていた感情とは、かなり違ったな。」
『本当に許してくれるのか?』
自分はどんな顔をしているのだろう?恐らく至極、間抜けなんだろう。
『勿論、二度とこんな事はしない。君だけを愛すると誓うよ。』
「そう。それならもう、この話は終わりね。」
彼女はそう言うと、キッチンへと向かった。
「ねえ。お腹空かない?昨日から何も食べてないでしょう?」
そして直ぐにフライパンで何か焼く音がした。すっかりホッとした私は、お腹が鳴るのを抑えることが出来なかった。
お@ん@な
この男でも、こんな顔をするのか?
目の前で、この世の終わりを見た様な顔をしている男。私の亭主である。いつも自信満々の彼も女で失敗するとは、結局、他の男と変わらなかったと言うことか。
「本当に申し訳ないと思っている。」
今日、もう何度目になるであろう謝罪を繰り返した。浅はかだ。許せる訳ないだろう。あんな女と……屈辱でしかない。必ずこの借りは返す。
「君の望むように考えてくれていい。それに沿えるように努力するよ。」
私の望み?そう。そのために私はこれから、貴方を許す。あの女や貴方を責めた所で私の気持ちは収まらない。だから最大限のものを得るために貴方を許すの。
「私、離婚しないよ。貴方を責める気持ちもない。正直、腹は立つわよ。でも……やっぱり貴方の事が好きだから。その代わり、もう二度としないと、そう誓って!」
あらあら。驚いてる。笑いを堪えるのが大変だわ。びっくりするのも無理ないか。私の性格からはあり得ないものね。でもこうする事が私の最大の利益。その為ならどんな芝居でも演じる。
「自分でも、びっくりしている。こんな気持ちになるなんて。浮気は絶対に許さないと決めていたから。でも、いざ現実になって……思っていた感情とは、かなり違ったな。」
上出来。上出来。すっかり安心している。これで今回の件は、自然消滅する。そして忘れた頃に大どんでん返し。その時には、今回の事と結び付けるのに時間が掛かるだろう。駄目だ、にやけてしまう。キッチンにでも逃げよう。
「ねえ。お腹空かない?昨日から何も食べてないでしょう?」
だって、今別れる訳にはいかないのよ。私達、まだ子供がいないでしょ?慰謝料で終わっちゃうもんね。貴方の相続する莫大な遺産を、私とこれから産まれてくる子供で戴くつもりよ。そして暫くしたら、貴方には病死でもして貰おうかな?
なんてね。冗談だよ。貴方を愛すればこそ。もう二度と浮気なんてしないで。いや、浮気はいいから本気だけは止めてね。そうだ、何か精の付くものでも作ろうかな。まだまだ頑張って貰わないと。私と未来のこの子の為に。
……「それじゃ、行ってくるね。」
『行ってらっしゃい!早く帰って来てね。』
今日からまた、変わらない日常。上手くリセット出来た。ラインの通知音が……。
“おはようございます。ご依頼の件、対象者の女性は昨晩、始末しました。代金は下記口座にお振込みください。 お掃除代行業 〇〇”
「関連記事」
※ 不思議な異世界の恋……。
↓
※ 姉のように慕った女性は惨殺された……。
↓
コメント