ツイッター小説 140字の連載小説『記憶の彼方に……』前編

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140字の連載小説『記憶の彼方に……』前編

1.

魔が差したとしか言いようがない。

目の前で喚き散らす彼女を、ただ呆然と見ているしかなかった。

一緒に食事をするだけ…… それならば浮気ではない。

職場の後輩との軽率な行為が、取り返しのつかない事態にまで発展するとは、

その時の僕は、想像すらしていなかった。

2.

職場の後輩とは、 本当に食事だけのつもりでいた。

仕事の悩み相談は家庭より、同じ環境にいる人の方がいい。

いま考えればそれも都合の良い言い訳だった。

そして二度、三度繰り返す食事で、後輩の心に気付き始める。

いや、僕は最初から分かっていたのかもしれない。

3.

食事を何度も重ね、会話は仕事以外にも及んだ。

その度に目の輝きを増す後輩。

これ以上は…… そう思い始めた頃

“ もう会うのは止めましょう。”

後輩から告げられた言葉。妻の事は愛していた。それは間違いない。

間違いないのに…… 僕は後輩の手を取ってしまう。

4.

後輩と引き返せない関係になり、落ち着かない日々が続く。

しかしこれと言って何事も起こらなかった。

このまま何とかやれるのでは? そう思い始めたある夜、

帰宅した僕は信じられない光景を目にする。

リビングのテーブルに向かい合って座る、妻と後輩の姿だった。

5.

「雅人、お帰り!」

僕の動揺には気付いていない。

「紹介するね。本間彩夏さん。高校の同級生なの。」

えっ?何?

《初めまして。本間です。》

後輩は薄ら笑いで頭を下げる。

どういう事だ?訳が分からない。

「今日、久し振りに連絡来たの。急でごめんね、雅人。」

6.

「どうしたの?雅人。」

流石に妻も不審に感じたか?

《耀子。トイレ借りるわね?》

後輩、いや彩夏がこちらにやって来る。

《あ!お邪魔しております。》

“ 雅人、だって。私も呼ぼうかな?”

完全に楽しんでる。

『ゆっくりして貰って。』

そういうのが精一杯だった。

7.

『どういう事だ!知っていて近づいたのか?』

地獄のような夜の翌日、出社して直ぐに彩夏を捕まえた。

《あんな感じだと何れバレるわよ。意外と覚悟決まってないのね。》

取り乱す僕とは対象的に沈着冷静な彼女。

《仲川…旧姓、今野耀子。長い付き合いなのよ。凄くね。》

8.

余りにも危険過ぎる。

彩夏が妻の友人と知った今、これ以上関係を続ける事は出来ない。

少しずつ距離を取り、もう終わらせよう。

だが彩夏はそんな簡単な女ではなかった。

その日の夜、自宅のインターフォンが鳴る。

妻が対応すると

《耀子!開けて!》

彩夏だった。

9.

「彩夏、酔ってるの?」

妻が彼女を迎え入れる。かなり泥酔している。

《大丈夫よ。大丈夫だけど…ちょっと寝かせて…》

リビングの床に倒れ込む。

「仕方ないな。雅人、和室に運んで。布団を敷くわ。」

やむを得ず彩夏を抱き起こし…

彼女の手が雅人の首に巻き付く。

10.

『何してる!耀子に見られたら…』

《そんなんじゃバレるわよ…後で来てね。耀子が寝たら。来ないと……》

『そんな事出来る訳…』

「雅人!布団敷けたよ!」

『分かった!』

この女は何を考えている? 布団に寝かせると、

《後でね。》

答えずに耀子の元へと向かった。

11.

「ごめん。いつも突然で。」

『仕方ないよ。友達だろ?』

「あんなに呑む子じゃないのに…この前の連絡も五年振りだったの。」

何の疑いも持たない妻に強い罪悪感を感じながらも、

どうやって彩夏の元に向かうか考えている自分が情けない。

気付くと妻の寝息が聞こえる。

12.

熟睡している妻を寝室に残し、雅人は彩夏の居る和室へと向かう。

襖を開くと……彩夏は起きていた。

《貴方は本当に真面目ね。似た者夫婦だわ。》

吐き捨てる様に彩夏は言った。

『もう止めよう。このままじゃ耀子とも友達じゃ居られなくなるぞ!』

何とか説得したかった。

13.

《友達?》

そう言って、彩夏は笑った。 寝室に聞こえないか気になる。

《耀子と私の事?確かにそんな時もあったけどね。》

もう彩夏は笑っていなかった。

『なあ。一体、何が目的だ?』

《ねえ。ここで抱いてよ。》

彩夏は服を脱ぎ始める。

《内緒にしたいんでしょ?》

14.

《どうしたの?もう何度もしてるじゃない。》

呆然とする雅人に、彩夏は追い討ちを掛ける。

《早くしないと大声出すよ。助けてって。》

正気ではない。しかしここは言う通りにするしかない。

雅人は一糸纏わぬ姿の彩夏に重なっていく…

《あ!ゲームオーバーみたい。》

15.

「何してるの?」

いつの間にか耀子が襖の向こうに立っている。

感情を押し殺しているのか? 極めて冷静に見える。

《説明してあげたら?》

衣服を身に付けながら彩夏が言う。

『いや、これは…』

「雅人。いつから?」

一切の言い訳は認めない。強い意思を感じた。

16.

暫く、重苦しい沈黙が続いた。

それを破ったのは、やはり彩夏だった。

《私よ。私が全部計画したの。最初から。まあ、この人も悪いけど。》

「どういう事?」

耀子は冷静だった…… しかし先程までより、やや声のトーンが上がる。

《相変わらず鈍いのね。虫酸が走るわ。》

17.

「あなた友達でしょ?私はずっと、そう思ってた。」

表情は変わらないが先程までより声に熱がこもる。

『耀子、すまない。会社が同じなんだ。仕事の相談にのっているうちに、つい……』

耀子はそれには答えない。

《いいわ。教えてあげるよ。》

彩夏は静かに語り出した。

18.

《高一の時だから、もう八年も経つのね……》

* * * * * *

『ねぇ耀子、部活どうする?』

「う~ん、私はいいかな。」

『バレー部入ろうよ!』

「運動は苦手だから…」

高校入学以来 仲良くなった彩夏と耀子。

一緒に登下校もする様になる。 切欠はある日の帰り道……

19.

『それで二組の山下がね……』

耀子の自宅が近づいた時、そこから男性が出てきた。

『誰かな?』

耀子のお父さん?とも考えたが、彼女は母子家庭だった。

「セールスの人?」

耀子も分からない様だ。

しかし彩夏は何故か引っ掛かる。

遠目だったが見覚えがあった。

20.

あの男性は誰だったのか?

当の耀子はそれ程、気にする様子もない。

彩夏にもあまり関係ない事だが…

それから暫くは引っ掛かったが、いつの間にか忘れていた。

数ヶ月の時が過ぎた。

その日、学校から帰ると 珍しく父が帰宅していた。

しかし父母共に様子がおかしい。

21.

『お母さん。何かあった?』

表情の硬い母に問い掛けたが無言で寝室へと消えていった。

『え?お父さん?』

困惑した表情の父へ問いを繋ぐ。

《彩夏、ごめん。お父さんが悪いんだ。すまん…》

続きを聞きたかったが、父はそれきり口を噤んだ。

何かが崩れる気配がした。

後編へ続く……

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