小説家に、なったつもりで……。ミニ小説 傑作集 長短合わせた内容を盛り込んだ小説集

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小説家に、なったつもりで……。

ミニ小説 傑作集(去りし人の遺したもの)

小説家に、なったつもりで、あの頃の事を振り返って見ようと思う。

当時俺は、小説家を目指していた。今考えれば無謀だった思う。でもあの頃の俺は本気でなれると信じていた。

俺と同じようにそれを信じ、応援してくれた女性がいた。彼女は俺が通う書店で働いていた。作品に行き詰まると書店で本を探し、インプットしては書き続けた。

そんな俺が来店する度におすすめの本を選んでくれた彼女は、いつしか俺にとって無くてはならない存在となった。

半年が過ぎる頃には、二人は一緒に住み始めていた。定職についていない俺の代わりに彼女は夜の店でも働き始めた。

俺はそれに反対した。バイトくらい俺がするから止めて欲しいと。しかし彼女は、“そんな時間があるなら本を書いて。”と笑顔で答えた。

それに甘えていたのだと思う。彼女の支えがいつしか当たり前になり、気遣う事すら忘れていた俺は作品に没頭した。

そして2年後、あるコンクールの大賞を手にする事が出来たのである。彼女はそれを自分の事のように喜んでくれた。あの時の彼女の笑顔を、俺は生涯忘れないだろう。

それからというもの、時の人になった俺は各方面へ引っ張りだこになった。昼夜を問わず仕事が舞い込み、多忙な日々が続いた。付き合いも増え、次第に自宅に戻る事も減った。

そんな日々が1年近く続いたある日、久しぶりに自宅に帰ると彼女の姿はなかった。それだけでなく、彼女の私物も一切消えていた。家中、彼女の痕跡を探したが、まるで最初から存在しなかった様に全て跡形もなく消えていた。

それでも俺は、まだ事の重大性に気付いていなかった。多忙な毎日ながらも、周りからチヤホヤされ、女も入れ替わりやってきた。そんな毎日に俺は、すっかり翻弄されていた。

終わりは意外と早くやってきた。2作目を書けなかったのが原因でもあった。あれ程忙しかった毎日が嘘のように仕事が減った。いや減っているうちはまだ良かった。とうとう無くなってしまったのだ。

それでもまだ金はあった。その時点で気付いていれば、その先の人生もまだ違っただろう。俺は自分を見失ったまま、酒と女に溺れていった。しかしそれも金が尽きると共に、全て消えた。

勘違いも甚だしい。あの大賞は、俺に自信をもたらしたが、それと共に前に進む意欲も一緒に奪ってしまった。書こうと思えばいつでも書ける。俺は天才なのだからと。

全てを失った俺は、再びあのアパートに戻った。しかし彼女はもういない。最初から俺一人でやり直すしかない。だがその意欲が沸かない。

ひとりぼっちの部屋で、かつての生活を思い出す。俺一人ではなかった。いつも彼女が支えてくれた。俺が力を発揮出来るように、常に考えて。影になり日向になり、自分を犠牲にしてまでも。

あの大賞は、彼女がいたから。彼女がいればこそ、戴けた賞なのだ。そんな事も、そんな事さえも思い至らなかった俺は、ただの大バカ者だ。これから俺はどうすれば良いのか?

◆ ◆ ◆ ◆

「おい!おっさん!早く運べよ!」

もう5年になるが、肉体労働は全く慣れない。それどころか年々体力の衰えを感じる。碌なものを食べていないのも原因だとは思うが。十も年下の若僧にこき使われる毎日だ。

疲労困憊であの安アパートに向かう。コンビニで唯一の楽しみであるワンカップとチーズ鱈を買う。今日もこれ呑んで、さっさと寝てしまおう。眠っている時だけは、全てを忘れられる。

コンビニを出る時、目の前を女が通った。そのまま家路につこうとして、女が気になり振り返った。彼女のように見えた。俺は招かれるように女の後を付けた。

女はゆっくり歩いている。何かを考えているのか?そのまま付いていくと見覚えのある風景が。いや、俺のアパートだ。そこで立ち止まった。

そして女は、建物の丁度俺の部屋のドアを見上げている。十分くらいそうしていただろうか?突然、女は泣き出した。声を上げて泣きじゃくっている。顔を抑え、一頻り泣いて女はその場を後にした。

何だったのだろう?彼女がいる筈もないのに。戸惑ったまま部屋に入った。先程買ったワンカップを呑むも、今日は全く酔わない。女の事が頭から離れない。暫くボーっとしていた。その視線の先に、俺が大賞を取った本が見えた。

暫く振りだ。大賞を取った直後以来ではないか?おもむろに近づき、それを手に取る。懐かしい表紙。俺の人生で唯一の栄光だ。パラパラと中をめくると一枚の紙切れが落ちた。

何だろう?拾い上げて紙片を開くと、黒の太字マジックで「負けないで!貴方は天才よ。

その瞬間、全てが頭の中で繋がった。俺を支えてくれた彼女。俺から離れて行った彼女。それでも見守り続けてくれていた彼女。

俺はいつの間にか、大粒の涙をとめどなく流し続けていた。

窓から月明かりが漏れている。この月を彼女も見てくれているのだろう。

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