ミニ小説 傑作集 およそ2000文字程度に、長短合わせた内容を盛り込んだ小説集

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ミニ小説 傑作(去りし人の遺したもの)

厳格な父

父の三回忌が終わった。

あっという間のような、随分長かったような何とも複雑な気持ちだ。

思えば喧嘩ばかりで、いや喧嘩ではない。父が私を罵ることがほとんどで、この人は本当に自分の父親なのかと何度も疑問を持った。兄と妹がいるが、二人には寧ろ物分かりの良い父親であった事も、それに拍車を掛けた。

父は幾つもの会社を経営する実業家で、私が幼い時から家にいる事がほとんどなかった。海外への出張が多かったようだ。父が不在の間、家庭を守っていた母に、後になってから聞いた。

母は優しい人で、私達3人の兄妹を平等に可愛がり、それぞれの意思を尊重してくれた。だからこそ珍しく父が家にいて、自分だけに辛く当たることをより苦々しく思ったのかもしれない。大げさではなく、殺意すら覚えた事もある。

不思議だったのは私にも優しかった母が、父に幾ら罵られても決して助け舟を出さなかった事。これについては、後に明らかになる。

兄と妹は優秀だった。どちらも小学受験に成功し、超一流大学までの切符を早くに獲得していた。勿論その後も、その道の最前線で活躍している。

それに引き換え私は、幼い時から勉強が苦手で受験とは無縁だった。それに対しても父は厳しかった。まだ小学生だった私を、馬鹿だ無能だと責め続けた。その影響もあって、私は早くからスポーツへの興味を募らせる。

小学4年生の頃、父の不在時に、野球がしたいと母に打ち明けた。母は何も聞かず少年野球チームに入団させてくれた。それから中学を卒業するまで野球に明け暮れた。楽しかった。たぶん私の人生の中で、一番輝いていたかもしれない。

……私の病気が発覚したのは、高校に入学して直ぐだった。兄達とは違い、一般の公立高校に入った私は、野球部への入部届を提出するために職員室へ向かっていた。突如、今まで経験した事のない強烈な眩暈を感じ、そのまま意識を失った。

当時では不治の病と言われた白血病であると、私は病院のベットで母から告げられた。これから闘病生活に入ると。目の前が真っ暗になった。もう野球は続けられないのか?これからどうするのか?もしかして死んでしまうのか?様々な思いが去来する。

それから母と二人三脚の闘病生活が長く続いた。結局、高校へは通えず、野球ともお別れする事になった。私は、病院と家を往復する生活の中で、次第に生きる気力を失っていく。抗がん剤の副作用にも苦しみ、断続的に襲ってくる吐き気や体中の毛髪が抜け落ちていく恐怖に心は擦り減り、看病してくれる母にも八つ当たりした。

父は、私がそんな状態になっても、一度も病室に現れなかった。その事も、私を絶望させる大きな要因となった。私は必要とされていない。私など居なくなった方が良い。治療への意欲をどんどん失っていった。

……ドナーが見つかった。

不意に訪れた吉報に、私は直ぐに気付けなかった。ドナー?私に何か関係があるのか?

骨髄移植。母が敢えて口にしなかった言葉。確かに成功すれば根治の可能性も高いが、その適合率は天文学的と言っても過言ではない数字だ。

夢の様だった。まさか?こんな日が来るとは夢にも思わなかった。もしかしたら、また野球が出来るかもしれない。そんなことすら思ってしまった。私の中で希望が大きく膨らんでいった。

とんとん拍子で手術への日程が決まっていく。私の気持ちも高まる。私は母にドナーはどんな人かと尋ねた。一体どんな人の骨髄が私の体に移植されるのか?そんな事に私は興味を持ってしまった。母は優しく微笑みながら、“規則で伝えてはいけない事になっている” それだけ私に告げた。

……無事に手術は成功した。

やっと退院出来る。勿論、定期的に検査は受ける必要がある。しかしとりあえずは、以前の体を取り戻した。もしかしたらまた、野球が出来るかもしれない。私の胸は希望で満ち溢れた。

何年振りの実家だろう。懐かしさと苦々しい記憶が交錯した。しかし今の私には喜びの方が遥かに大きい。兄妹も駆け付けてくれた様だ。

それにしても、やはり居ないか。こんな時でも、やはり父は居なかった。自分は心底、邪魔者らしい。

『父さんは、こんな時も出張?』母、兄妹が、同じ反応を示した。暫し微妙な空気が流れ、「こっちへいらっしゃい。」母が私を促した。後を付いていくとそこは和室の仏間だった。

そこには、今は亡き祖父母の位牌が祀られているのは分かっている。しかし一番手前に真新しい遺影が……。そこに写っていたのは、……父だった。

幾つもの何故が浮き彫りになっていく。何故、あんなに厳しかったのか?何故、海外出張が多かったのか?何故、私と接点を持とうとしなかったのか?

混乱する頭の中で、色々な事や思いが繋がっていく。母や兄妹は、全て分かっていた。分かっていて私を見守ってくれていた。さぞ辛かったろう。

父の遺影の前で崩れ落ちる私に、三人が優しく寄り添う。そして今まで見たこともない笑顔で私を見守る父が強く抱きしめてくれた様な、そんな気がした……。

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