ツイッター小説 140字の連載小説『記憶の彼方に……』後編

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140字の連載小説『記憶の彼方に……』後編

22.

その後 母は寝室に籠る日々が続いた。

その分、父は早く帰宅し、彩夏の食事などを用意した。

しかしそれは母の様には行かず、結局彩夏がやる羽目になる。

家の中は冷えきって行った。

聞きたい事は山程あったが

父の憔悴を目の当たりにすると

その気も次第に失せていく。

23.

ひと月程、そんな日々が続いた。

寝室の母に食事などを運ぶが、ほとんど手を付けていない。

このままでは体を壊してしまう。

そう感じ始めたある朝、

いつもの様にお膳を持って寝室に入っていく。

«あの女は…何処へ…行った?»

痩せ細った鬼が、そこに横たわっていた。

24.

『え?あの女って誰?』

問い掛けたつもりだった。しかし恐怖で声が出ない。

罵詈雑言を繰り返す母に気付き、父が入って来て宥め様とする。

その髪の毛を鷲掴みにして母がまた吠える。

止めようと手を掴んだがその力は尋常ではない。

何かが取り憑いてしまったのか?

25.

母の発作は断続的に起こった。

往診に訪れた医者には躁鬱病と診断された。

日中は大人しいが、深夜から朝方に掛けて激しく暴れる。

父親も彩夏も疲れ切っていた。学校での生活も儘ならない。

耀子も気に掛けてくれた。

そんなある日、帰宅すると女性の姿があった。

26.

誰だろう?

“ お邪魔してます。”

《こちら、木下さん。お母さんの幼なじみだ。》

そう言った父が、何かぎこちない。

“ 耀子の同級生だそうね。仲良くしてあげてね。”

この人が耀子の!

“ お大事に。じゃあ私はこれで。”

玄関に向かう二人。

彩夏の頭で記憶が繋がった。

27.

『あの人は誰?』

女が帰った後、彩夏は父親に詰問した。

《誰って、お母さんの…》

『お父さんとどういう関係か聞いてるの!』

驚きの表情を隠せない父。そしてまたも黙りこくる。

『お母さんが病気になったのは、あんた達のせいね!』

父は言葉の意味を理解した様だ。

28.

やはりあの日、耀子の家から出てきた男は父だった。

いつからか分からないが、二人は関係していた。

それを母に知られてしまった。

幼なじみに自分の夫を……ああなるのも無理はない。

許せない。父は勿論、あの女も…

前方を歩く耀子の姿。もう昨日までとは違う。

29.

* * * * * *

《そうやって私が苦しんでいる時も、その後お母さんが心労で亡くなった時も、あんたは善人顔で私を気遣った。何にも知らずにね!》

長い彩夏の独白が終わった。

暫し静寂に包まれた部屋は深まる夜を象徴する。

何とか空気を変えたい雅人も、為す術はない。

30.

「だから……私の大事なものを…」

一言も口を挟まなかった耀子が、涙を流しながら呟いた。

一瞬たじろいだ彩夏だが……

《そう!あの女の、一番大事なものを、壊してやろうと思ったのよ!》

嬉々として罵った。

『もう止め…』

「彩夏……違うのよ……真実は……。」

31.

《違う?あんた何言っ…》

「お母さんの事は……本当に、残念だったと思う…」

耀子は涙を流し続けながら、彩夏を見詰めて語り始めた。

「でもね。全ては、貴女のお母さんから始まったのよ……。」

《あんた、この期に及んで…》

コン…コン。玄関の扉が二度叩かれた。

32.

「ちょっと待ってね。」

そう言って耀子は玄関に向かう。

こんな真夜中に誰が? 雅人にも思い当たらない。

暫しのやり取りが終わり耀子が戻ってきた。

その後ろから現れたのは初老の男性。

《え?》

彩夏の様子がおかしい。

驚愕の表情を見せた後、

《お父さん…》

33.

“ 彩夏……。”

初老の男が呟く。この男が彩夏の父親か?

《…どういう事?》

困惑する彩夏。

「久し振りに貴女が私の前に現れて、嫌な予感がしていたの。」

俯く耀子。涙は乾かない。

“ 耀子ちゃんから連絡を貰った。すまない彩夏。ちゃんと説明しておくべきだった……”

34.

“ お父さんとお母さん、そして耀子ちゃんのお母さんは幼馴染だった。三人いつも一緒だったよ。”

彩夏の父は ゆっくりと語り出した。

その内容は余りにも切ない真実であった…

…仲良し三人はいつも一緒。

それがずっと続くと思っていた。

しかし彼らは思春期を迎える。

35.

三人のバランスが崩れたのは高校三年の終わり。

彩夏の父はアメリカの大学へ進学が決まっていた。

残される二人も地元の大学へ通い、彼の帰国を待つ予定だった。

しかし実際は彩夏の母も留学という形で渡米する。

何となく思い合う二人に、割って入る形で……

36.

結局、彩夏の父と母はアメリカで六年を過ごし、

帰国後結婚する事になった。

耀子の母も二人を祝福した。

それぞれの思いは、ほろ苦い記憶として

心の片隅に仕舞われた筈だった…

十五年の歳月が過ぎ、同窓会で三人は再会する。

それぞれの思いが、ざわつき始める。

37.

“ 三人は旧交を温め合った。昔に戻ったみたいに。しかし父さんは過ちを犯してしまった…”

耀子の母は彼らの渡米後、彩夏の父に一通の手紙を送っている。

自らの思いを清算する意味で。

そこには彩夏の父に対する思い。

そして大好きな二人を応援する内容が綴られていた。

38.

その手紙に関して話題が出た。

彩夏の父が何気なく喋ったのだが、それがいけなかった。

彩夏の母の様子が変わった。

彼女に手紙の事は 話していなかった。

話していれば良かったのだ。秘密を共有していた二人。

そんな風に捉えたのだろう。それも強ち間違いではない。

39.

耀子の母に取っては本当に懐かしい思い出……

ただそれだけだったと思う。

彩夏の父も同じだと思っていた。

しかしあの手紙を未だに捨て切れずにいる。

そこにあるであろう耀子の母への思いは否定できない。

そこに気づいた彩夏の母は秘密の手紙を発見してしまう。

40.

“ それから先は…彩夏の知っている通りだ。”

彩夏の父は悲痛の表情を浮かべる。

《え?何それ?》

誰も言葉を発する者はいない。彩夏の乾いた笑い声が響く。

《あ、悪いのは私か…》

突然、窓側へ走り出す彩夏。数秒遅れて耀子も走り出す。

彩夏はバルコニーへ出た。

41.

まずい、ここは七階だ。

「彩夏!」

耀子が叫ぶ。

しかし既に彩夏は自分の身長ほどの手すりに手を掛けた。

そしてこちらを振り返る。

《耀子…ごめんね…》

そこに居た全ての者が息を飲んだ。

次の瞬間、バルコニーからは誰も居なくなった。

白々と夜が明け始めた。

42.

「いいお天気ね。」

朝日を一杯に浴びた君が微笑む。

『そうだね…』

僕にはそれが眩し過ぎて、照れながらそう言うのが精一杯。

だがそこで我に返る。

本当はこんな風に君と過ごす資格が、僕には無い。

こうして一緒に居られるのは、

君のその記憶と引き換えなのだから。

43.

あれから耀子は精神を病んだ。

雅人の裏切り。

友人である彩夏の真意と悲しい結末を受け

自責の念に押し潰された。

本来ならば一緒にいる資格などない雅人だが、

彼のした事も、いや彼の存在自体誰かも認識していない耀子の側で

償いの日々を過ごす覚悟でいる。

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