140字の連載小説『十六夜』
« 一夜 »
「眠れないの?」
『……。』
「大丈夫よ。全て完璧だから。」
『……でも…』
「心配?」
『当たり前だろ…誰かに…』
「私が失敗した事。」
『えっ?』
「今までにあった?」
『いや…』
「今夜は新月ね……」
『……。』
「月はいつも…私達の味方よ……」
« 二夜 »
この時間の呼び出しは、それほど珍しくない。
寝酒の缶ビールを開ける前で良かったと思う事にする。
河川敷で身元不明の遺体が発見された。
地方都市とは言え、県警捜査一課に昼夜は関係ない。
《心臓を一突き、迷いが無いな…》
丸坊主の年嵩主任が苦い顔で呟いた。
« 三夜 »
「遅くなりました。」
年嵩の主任、吉村が厳つい顔をこちらに向ける。
《此処の所、続いてるからな。》
労いの言葉はその顔とは対照的だ。
《今年に入って、これで五件目だ。全て一発で仕留めている。》
今度は緊張感を漲らせ、
《相手はプロ。気合い入れるぞ!》
« 四夜 »
新月から数日。
再び満ち始めた月は、まだそれ程の光を放たない。
薄明かりの元で蠢く人影。
「ま、また、こんな事にっ…!」
息遣いも荒く興奮する男。
『大丈夫よ。私に任せて。』
女はそれを冷静に諭す。
『いつも通り。心配ないわ。』
眼下の骸を眺めながら…
« 五夜 »
連続殺人事件。
捜査一課のプライドにかけて必ず犯人を見つけ出す。
皆の総意である。
《本庄。ちょっといいか?》
丸一日の捜査から戻るや否や、年嵩の主任·若松から声が掛かる。
「どうかしましたか?」
何の話だろう?
《河川敷の事件、お前関わっているのか?》
« 六夜 »
「え?関わっているって?」
思いがけぬ質問で頭が混乱する。
若松の眼光は鋭い。
《そんな訳ないよな。いや、いきなり御免。》
一転、おどけた口調でそう言うと、その場を去っていった。
何なんだ。若松の真意を探れぬまま夜は更けていく。
月は徐々に満ち始めた。
« 七夜 »
その事に気が付いたのは小学校四年生くらいだろうか?
夜が更けると湧き上がってくる衝動。
自分が何処にいるかも分からなくなる。
襲ってくる使命感。
殺らなければ。
僕が…殺らなければ… この手の生々しい感触。
しかし朝になれば何時も通り。
夢だと思っていた…
« 八夜 »
『光(あきら)、おはよう。』
「瞳姉さん。おはよう。お腹空いたよ。」
早くに母を亡くした僕にとって、五歳年上の瞳姉さんは母親代わりでもある。
『朝御飯出来てるわよ。』
急いで食卓に向かう。
『光。体、どこも何ともない?』
時折、瞳姉さんはそんな事を言う。
« 九夜 »
自分の不安が現実だと認識した頃には、高校生になっていた。
夢ではなかった。
あの湧き上がる衝動は現実だったのだ。
瞳姉さんのあの質問にも意味はあった。
ずっと僕を守ってくれていた。
そんな頃、瞳姉さんは改まって僕に話をしてくれた。
僕のある秘密について…
« 十夜 »
若松の不可解な言動から一週間。
誰かに見張られている様な感覚が、ずっと続いている。
仕事柄その手の事には敏感だ。
しかし何者が?
やはりあの人だった。
追っ手らしき者から逃れた直後、元居た場所に戻ってみた。
若松だ。
そして一緒に居るのは監察の人間では?
« 十一夜 »
県警に戻って直ぐ、若松の姿を探したが捜査一課には居ない。
監察室に向かおうとして前方から来る若松を見つけた。
「主任!なぜ私の尾行を?」
開口一番、率直な疑問を投げた。
若松は観念した様に笑みを見せる。
《流石に気付くか。そろそろだとは思っていた…》
« 十二夜 »
《例の連続殺人事件。捜査中、目撃者が数人出てきた。》
若松は神妙な面もちで語り始める。
本庄も覚悟を決めた。
《その人物というのが……見事に特徴が一致している。》
若松は憐れむ様に本庄を見た。
《右の頬に痣がある男……》
反射的に本庄は右頬を撫でた。
« 十三夜 »
「待って下さい!私は殺っていない!私の筈が…」
《分かってる。ただ警察としては最悪の事を想定する。だから監察対象とした。》
若松は俯いたまま…
《暫く謹慎してくれ……》
……思いがけない展開。
何だ。
一体何が起こっているんだ。
珍しく痣が疼きだした。
« 十四夜 »
『夜になると湧きあがる衝動…これは太古より伝わる選ばれし者が背負う宿命…』
姉さんは真っ直ぐに僕を見た。
そして静かに続ける。
『最愛の姫を惨殺した者達を探し出し抹殺する。』
先程から震えが止まらない…
『犬神憑き…これが本庄家の男達に伝わる呪縛…』
«十五夜»
またもや河川敷で死体が上がった…
…幼少より俺を苦しめてきた、この右頬の痣……
夜になると疼き出すそれは満月へ向けて激しくなる。
刑事になってからは収まっていた筈だった…
まさか?本当に俺が…?
《証拠は固まった。残念だが “本庄光” を指名手配する。》
« 十六夜 »
『光…』
横たわる骸を見下ろし、徐々に収まっていく衝動。
『ごめんなさい…私の為に…』
この人を殺めた末裔を葬ってきた。
今夜は “ 十六夜 ” 月は我らに味方する。
「では…」
二つの本庄光が初めて対峙した。
月光が射す頃、彼らの姿は消えていた…
完
「関連記事」
コメント