140字の連載小説『観音様のヒモ』③
3.
秋も深まり色付いた葉が道路一面を埋め尽くしている。 東京郊外の沙織邸にも、やがて凍てつく冬がやってくる。 夏樹が戻ると見知らぬセンチュリーが停まっていた。
玄関で原田に出会す。その奥から、ひと目でただ者でない年配の男。 その眼光が夏樹を射貫いた。
“ 誰だ!”
終わりだ!と思った時
[親父!例の……男です。]
原田が助け船を出す。
鋭い眼差しのままで男は
“ お前が…… 娘ん事、頼んだぞ。”
そう言って玄関を出る。
原田と外へ出ると、さっきのセンチュリーから厳つい男達が出てくる。 それらを従え後部座席に乗り込んだ。
◆ ◆ ◆
『ちょっといいですか?』
沙織の部屋のドアを叩く。
「夏樹?どうぞ!」
機嫌は上々か……。
「どうしたの?……久々に、する?」
『どういう事ですか?』
夏樹は軽口をいなす。
『あの桑嶋慶次の奥様だそうですね?』
「……そうよ。」
沙織の表情が消えた。
あの後、相手の男との話で分かった事。 桑嶋美和子は西を束ねる男の妻となった女。 親同士が決めた政略結婚も、最愛の男だけは踏ん切れなかったらしい。
『あの人に近付いてどうするつもりだったんです!』
沙織は能面のような表情で呟いた。
「あんたも使えねぇな。」
沙織の去った部屋で夏樹は途方に暮れた。 自分をここに連れて来た事。女を誑かそうとした事。その女が裏社会の人間である事。 繋がる様で、しかし彼女の真意を計りかねていた。
部屋を出ると原田が立っていた。
『俺はどうすればいいですか?』
夏樹は縋る思いで尋ねた。
《まあ、一杯付き合え。》
原田の部屋も閑散としていた。 グラスに注いだスコッチを夏樹に差し出し、自らも口に含む。
《お前はどうしたい?》
『あの人の力になりたいです。』
間髪入れず答えた。
原田は空を見詰めながら静かに語り始めた。
《……もう5年になる。》
《 当時お嬢は大学卒業間近で、尚且つ結婚を控えていた。相手の名前は桜井智(さとし)。高校時代からの付き合いで相思相愛だった。》
相変わらず一点を見詰めながら原田が続ける。
《 親父も二人の仲には賛成だった。半年後の卒業、そして結婚。全ては順調に進む筈だった。》
《ある夜、電話が鳴った。警察からだった。橋の下で智が発見された。全身血塗れで。》
苦しそうに原田が続ける。
《目撃者の証言から、直前に若者の集団を見た。どうも彼らと智が揉めていたらしい。》
原田がこちらに向き直り、
《その集団の頭が、桑嶋慶次だったんだ。》
《目撃情報から奴は逮捕された。だが結局、決定的な証拠は見つからず釈放された。》
空になったグラスに原田は自ら酒を注ぐ。
《松嶋組に近い存在とあり、お嬢も桑嶋を疑った。しかし奴を追い詰める事は出来なかった。》
夏樹はグラスの酒を煽った。胸の鼓動は更に早まる。
《そこでお嬢は奴らとライバル関係にある親父さんに協力を求めた。》
沙織の当時を思うと遣りきれない。
《しかし何故か親父さんは動かなかった。この事がお嬢と疎遠になる切欠になった。》
原田は次の杯も空にしていた。
《その直後だよ。背中に観音様を背負ったのは。》
◆ ◆ ◆
蝋燭が2本。その灯りの前で瞑想する後ろ姿。
長い髪を束ね、胴にサラシを巻き、白装束を身に纏う。 静寂が極限まで気を高める。灯火が揺れた刹那に開眼、腰元から抜いた刀が空を斬る。
やがて漆黒の闇が現れた。それに導いた名刀は既に元の鞘へ。 心を決め、女は部屋を出た。
夜明け前の東名高速を西へ向かう真っ赤なBMW。左ハンドルを握るのは早川沙織。 まもなく名古屋に到着する。行き先の神戸まではまだ掛かりそうだ。
朝方の一番眠りが深い時を狙う。ターゲットは勿論、桑嶋慶次だ。 今日こそ、奴の口から全てを聞き出す。あの事件の真実を。
神戸にある松嶋組の母屋に着いた。
午前4時。 沙織は覚悟を決め、BMWで正門突破の為にアクセルを溜める。 重厚感のあるエンジン音が響きタイヤが鳴る。一気に加速した。
凄まじい衝撃音が響き、しかし鉄製の門扉を破壊し切れない。 二度目のトライで車ごと屋敷内に入り込んだ。
やはり特製のグリルガードが役に立った。 何とか第一関門クリア。 しかし……早くも屋敷内から護衛の組員達が一斉に現れた。
沙織は後部座席の日本刀を掴み、車外へと降り立った。 革ジャンにジーンズ。それにスニーカー。戦う準備は出来ている。
「桑嶋!出てこんか!」
“ 何処のもんや!”
怒号が飛び交う。
沙織はあっという間に取り囲まれた。 左手に掴んだ日本刀を素早く抜き構えに入る。一瞬のうちに空気が変わる。
《お前ら、もう下がれ。》
男達の奥から聞き覚えのある声が。 桑嶋だった。
《派手にやり過ぎだろ、沙織。後ろは連れか?》
※ (ツイッター㉛~㊺)
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