140字の風景(アラカルト)⑤
追憶…
あれから歳月が流れ
あらゆる感情が心の一番奥に
封じ込められた。
しかし真新しい原稿用紙に
最初から物語を
描いていくつもりでも
いつかのあの場面が
どうしても甦り
筆を止めてしまう。
愛した人の気持ちや姿は
消え去っても
あの日の想いは永遠に留まる。
旅立ち
先月まで一面を染めていた
真っ白な雪景色が嘘のように
跡形もなくその色を消していた。
木々たちの息吹きが
やがて来る北国の春を
待ちきれずにざわめいている。
何かが終わり、そして始まる。
僅かな寂寥と高まる期待に
ハンドルを握る手が強張る。
新天地まであと僅か。
旧交
懐かしいと言うより
初めましてという気分。
同窓会の名目がなければ
まさにそんな感じだ。
40年という歳月は
級友たちを他人へ変えるに
十分過ぎる。
会場の端にある
ドリンクバー付近で
見覚えのある顔をみつけた。
少しだけ老けたが
あどけない表情は
あの日のまま。
逃走
外付けの非常階段を降りる。
高層マンションの最上階から
半分ほど過ぎた。
まだまだ先は長いが、
追手が現れる気配はない。
カンカンという
靴音だけが響く。
ようやく地上が見えてきた。
その時、
非常口のドアが開いた。
男の向けた銃口からは
既に銃弾が放たれていた。
新時代
今年も頑張ったな。
心の中で自画自賛する。
大変な1年だった。
そしてターニングポイント
となる1年でもあったと思う。
来年もこの流れは続くだろう。
組織から個の時代へ。
新たな時代の到来に胸が踊る。
今までの慣例や常識に囚われず
感性や空気感を大事にしたい。
妄敵
誰かいるのか?
周りを囲む何者かの気配。
視界は闇に包まれている。
それに慣れるのは
今しばらく掛かりそうだ。
それまで身を守れるだろうか?
相手の意図はわからない。
今は何とか迫り来る敵から
逃れる術を探す。
ここは白昼の街中。
その相手は彼にしか見えていない。
帰郷
どうしてだったか
覚えていない。
過ちというには
二人とも若かった。
互いの思いに
気付くこともなく。
あれから時は経ち
もうこの街に戻ることは
ないと思っていた。
西日を浴びた改札を抜け
大通りへ出て歩き出した。
通りの向こうを歩く母娘。
懐かしさに涙が溢れた。
極寒
冬枯れの樹木たちに
雪の華が咲き乱れ
山々が再び活気を取り戻す。
気温が零下20度を越え
ダイヤモンドが散りばみ
朝日によって霞み掛かる。
吐く息も傍から凍る
張り詰めた空気の中を
ギュッギュッと
踏み締める音と進む。
ひと時、異世界に
紛れ込んだ錯覚を覚える。
令和
担任が着席を促し
生徒たちは各々の席に着いた。
高校入試を控え3年生は
まさに正念場の冬である。
しかし生徒により
温度差はあるようだ。
『みんな!今頑張らないと目標の高校に入学出来ないぞ!』
重苦しい雰囲気の中
「先生!僕の会社は順調ですよ。」
そういう時代か…。
俺も頑張らないと 💦
乗り越し
5、10日なのもあり
ATMは長蛇の列。
本日中に受験料を
納めねばならない。
ちょっと混み過ぎだろ。
ぼやいていると終了時間。
え! スマホが鳴り
“ 振り込めませんでしたね!貴方は受験できませんよ。”
何で!? あんた誰だ!。
********
「お客さん!終点ですよ!」
対抗
「ご主人、また出張?」
平日というのに店は大盛況。
このご時世で満席とは
やはり私のお目当て
“スバル”の人気が大きい。
奥のテーブルが盛り上がる。
『まあね。ねぇ、あの人誰?』
「最近よく指名してくれるんだ。」
「ちょっと行ってくる。」
『待って!ロマネ入れて。』
誤報
ある殺人事件の裁判
世間的注目も熱い。
検事と弁護人の双子対決。
司法記者である私も
何とか傍聴権を確保。
早くも兄弟で睨み合い
法廷内にも緊張が走る。
さて、回りが私を
繁々と見詰める。
まあ無理もない
注目の二人に
酷似しているのだから。
双子は誤報なのである。
入れ替わり
さて起きるかな?
立ち上がったのに
視界が妙に低い。
1m程のタンスを見上げている。
しかも四足だ。なぜ?
リビングから現れたのは、
私だった。
「ご飯だよ!」と
にやつく。
お前トムだな!
そう言ったはずなのに
『にゃ~!』と
可愛らしい鳴き声が
部屋中に響いた。
同姓同名
月曜日の待合室は混んでいる。
ましてやこのご時世で
看護師も患者もピリピリ。
今も待ち時間について
クレームのやり取りである。
定期検診の私は
少し申し訳ない。
“ さとうひろみさん!”
看護師に呼ばれ、立ち上がる。
ほぼ同時に向かいの女性も。
まあ、よくあることだ。
悪友
定刻より10分早く到着と
機内アナウンスが入った。
気儘な1人旅、
そう行きたい所だが
有り難くもない先約がある。
恐らくもう空港で
待ち構えていることだろう。
悪いやつではないのだが
無類の酒好きだ。
胃薬が必要だな。
苦笑いと共に、飛行機は
高度を下げ始めた。
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仙台はいい街です。
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仕事納めの夜は日本酒が滲みる…。
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