140字の風景(連載コーナー)②
走れミクタギ君!(BY ゆこりん)
1.
我が社は社員数千名。
その朝は各部署による
徹底した朝礼から始まる。
それぞれの持ち場で
皆、緊張した面持ちだ。
私も例外ではない。
「ミクタギ君、何をしている?」
『え? いや、朝礼に。』
「君は営業部だろ!」
『失礼しました !』
今日も大変な1日が始まる。
2.
私の仕事は営業。
お客様に自社商品を販売し
会社に利益をもたらす。
そのために顧客訪問を行い
信頼関係を築くことが必要。
地道な日々の活動が大事だ。
今日も重要顧客への
訪問を控えている。
「ミクタギ!ちょっといいか!」
課長が呼んでいる。
嫌な予感しかない。
3.
「実はな。お前に頼みがある。」
課長が続ける。
「うちの最重要顧客の◯◯物産が、 担当を変えてくれと言ってきた。」
『あそこは鈴木主任でしたよね?』
「鈴木が先方の常務を怒らせたらしい。」
「そこで大変不本意なんだが、お前に担当して貰いたい。」
え? 不本意って 💦
4.
結局、課長に押し切られた。
先方の常務による指名らしい。
しかし面識はないはずだが。
何故自分なのか?
とりあえず挨拶に行けと言われ
早速、連絡をした。
「おー!ミクタギ君か!久しぶりだな。またよろしく頼むよ。ガハハ」
これはマズイぞ。
誰かと勘違いしている。
5.
課長に説明したが
他にいないから仕方ないと。
とりあえず直接会って
説明するしかない。
アポイントを取り
◯◯物産に向かう。
受付に伝えると
すぐに部長だという人が。
常務の誤解を解きに
と話すと直ぐに
「ミクタギさん! 話を合わせて貰えませんか?」
『えー!』
6.
部長によると
常務が勘違いしているのは
部長以下みんな理解している。
しかし常務が間違いないと
聞く耳を持たない。
そこで申し訳ないが
何とか話を
合わせてくれないか?
ということだった。
「お願いします!」
『いや無理ですよ!』
「もうミクタギさんに頼るしか」
7.
知らない。
もうどうなっても知らない。
半ばヤケクソで
常務室に向かう。
ノックの後 『失礼します!』
「ミクタギ君、入りなさい。」
「久しぶりだな!何年振りだ!」
『お久しぶりです。いや、、。』
『常務、申し訳ありません。お会いするのは今日が初めてなんです。』
8.
「何だと!」
常務の怒声が響く。
「何故すぐ言わなかった!」
怒りで戦慄いている。
『申し訳ありません。言えませんでした。ただこれ以上もう、、』
逃げ出したい思いを
必死で堪えた。
しばらくの沈黙。
「ハハハハハ!」
『えっ?』
目の前で常務が
高笑いしている。
9.
「いやすまない。君には本当に申し訳ない。実は試させてもらった。」
呆然とする私に
全てを話してくれた。
前任者の鈴木主任が栄転する。
後任に誰かということで
彼は君の名前を出した。
半信半疑の私は一芝居打った。
「君は誠実だ。これからよろしく頼む」
頭を下げた。
10.
結局みんなグルだった。
でも不思議と心穏やかだ。
不器用で要領は悪いが
人の心に寄り添って生きてきた。
少しは役に立ったかな?
思いに更けっていると
「ミクタギ!アポ遅れるぞ!」
『はい!急ぎます 💦』
しかし日常は変わらない。
ミクタギは今日も走る!
『家族 ~お帰りと言ってくれ~』
1.
終業時間を迎え
帰り支度もおざなりに
急いで外に出た。
夕暮れの空気感も随分
春めいてきた様子。
わくわくする思いが膨らみ
つい足取りも軽くなる。
このところ忙しく
4歳になる娘の顔も
まともに見ていない。
“二人ともびっくりするかな?”
妻娘の顔を思い浮かべた。
2.
『ただいま!』
そっと家の中に入り
リビングのドアを開きながら
大きな声で叫んだ。
“ あれ?”
キャーという悲鳴くらい
期待していたが
二人の姿が見当たらない。
各部屋を探るも気配すらない。
“おかしい。どこへ?”
徐々に込み上げる不安に
背中を冷たいものが伝う。
3.
何度探しても見つからない。
外出は間違いなさそうだ。
でも一体どこへ?
買い物ならば
夕方までに済ます。
幼稚園はもっと早く終わるし、
遠方であれば見当もつかない。
ひとり途方に暮れる中、
テレビの画面に
ニュース速報が流れる。
近隣で立て籠り事件が発生した。
4.
“ まさか?”
詳細を確認。
近隣のスーパーで
立て籠り事件が発生。
犯人は4人の人質を盾に
籠城を続けている。
中には幼子もいるらしい…
あのスーパーには
よく買い物に行っていた。
普段はもう少し早く済ませるが
あり得ない時間ではない。
即座に警察へ連絡した。
5.
釈然としない警察の対応。
人質が妻子かもしれないと
何度説明しても
“詳細は話せない”
オウム返しに繰り返す。
スマホをソファーに叩き付け
別の方法を模索した。
時刻は19時を回った。
もう直接現場に行くしかない。
再びコートを手に
あのスーパーへと向かった。
6.
現場は騒然としていた。
何か動きがあったのだろうか?
野次馬たちを押し退け
先頭の青年に状況を尋ねた。
今しがた発砲音が聞こえ
警察の動きも慌ただしい。
人質の安否も含め
確認作業に奔走している…
いや大丈夫だ!
言い聞かせるも脳裏には
最悪の情景が浮かぶ。
7.
えっ?
呆然とする私の目前を
妻と娘が通り過ぎた。
『どこ行ってたんだ!』
思わず駆け寄る。
妻は不思議そうに
「会社へ迎えに行ったのよ。」
「あなた今日誕生日でしょ?」
そうか…そうだった…
でも良かった…無事で。
“ 人質が解放されたぞ!”
誰かが叫んだ。
「関連記事」
もっと連載物!
↓
あ・ら・か・る・と!
↓
コメント