140字の風景(連載コーナー)
夏暁の風(by chakako)
1.
夏の息吹きを感じる
木々たちの勢いが
少し控えめになった頃
僕は彼女に出会った。
運動不足解消にと
毎朝のジョギングを始めた。
ある朝、彼女は突然現れた。
軽快な走りを初心者の僕は
羨望の眼差しで見つめた。
後を懸命に追いかけるが
その差は開く一方だった。
2.
それからというもの
毎朝彼女の後を追うのが
日課になった。
しかし全く着いていけない。
早過ぎるのだ。
1週間ほど経った頃
この朝も彼女を追ったが
すぐに河川敷の
橋の向こうに消えた。
諦めて橋の下を通過すると
『今日も着いてくるの?』
その先で彼女が微笑む。
3.
唐突な彼女の行動に
面食らった僕は
「いや、あの、はい。」
情けない対応になった。
彼女は僕より
少し年上に見えた。
「あの、どうして?」
状況を飲み込めない僕は
おかしな質問をする。
『それはこっちのセリフ!』
彼女は少し眉をひそめた。
初めての会話だった。
4.
彼女は美由紀さん
年齢は僕より
3つ年上の23歳。
マラソンの日本代表も狙える
筋金入りのランナーだった。
ある事情で最近
この辺りに越してきた。
そのある事情というのが
僕らを深く結びつけた。
自慢の足に違和感を覚え
紹介された病院に通う。
それが理由だった。
5.
その病院を聞いて
僕は唖然とした。
僕が理学療法士の
研修を受けている病院だ。
『来週の検査結果次第では しばらく走れなくなるの。』
あの朝から何度か
話をするようになった。
病は彼女の大切な脚を
確実に蝕んでいた。
病名は骨肉腫。
手の施しようがなかった。
6.
病名は彼女に
告げられなかった。
段々やつれていく彼女と
リハビリ室で会うのは辛い。
でもその頃には
僕はもう彼女を愛していた。
懸命にもう一度走る日を
夢見て頑張る彼女を
とにかく支えたかった。
『涼介。私、悔しいな。』
そう呟く彼女に
僕は何が出来るだろう?
7.
彼女は翌年
春を迎えられず旅立った。
亡くなる前日のリハビリ室で
『私、幸せだったな』
と彼女が笑った時
僕の頬を熱いものが伝った。
それでも必死で笑って
「僕も幸せだったよ」
最後は聞き取れ
なかったかもしれない。
その後、彼女がくれた口づけを
僕は生涯忘れない。
水平線のタイムカプセル (BY 斉東鈴)
1.
「今日も遅くなる。」
息子である翔のことで
また言い争いになった。
来年からは小学校、
将来のことも
考えなければならない。
しかし夫は無関心だった。
『いってらっしゃい!』
園バスは走り出した。
「暑いですね!」
不意に掛けられた声に驚く。
毎朝会うあの人だった。
2.
「誰かいい人いないの?」
電話の向こうで母が呟く。
30を過ぎて未だ独り身、
心配するのはわかる。
『そのうち紹介するよ。』
適当に話を終わらせた。
好きな人はいる。
ただ相手がな。
出勤時に会うあの人、
今日も園バスに手を振る。
話だけなら。
側に近付き声を掛けた。
3.
戸惑う私に
「突然すみません。よく会いますよね。」
あの人が続ける
「仕事サボっちゃいました。」
苦笑いで頭を掻く仕草が
ちょっと可愛い。
「少し寄り道してみません?」
不思議と嫌悪感はなかった。
むしろ自然に頷く自分に
高揚感すら感じた。
何かが動き出した。
4.
一度話をしてみたい。
ずっと思っていたことだ。
しかし相手は、、。
近づいて良いものか?
だから一度だけ。
今日一度だけのこと。
故郷に帰る前に。
この気持ちは何だろう?
この人を見ていると
他人のような気がしない。
ずっと昔から一緒に
居たような気がする。
5.
「秘密基地に 行ってみませんか?」
あの人がそう言った。
『秘密基地?』
「行こう!」
私の手を取り
あの人が駆け出す。
引っ張られ私も続いた、、。
潮の香りが流れてくる。
1時間後、二人は
テトラポッドの上にいた。
真っ青な海に水平線が
どこまでも続いていた。
6.
「いい眺めでしょ?」
『凄い!』
心の底から思った。
「少しは気分晴れた?」
『え?』
眼差しが暖かい。
見てくれていたのだ。
私だけではなくこの人も。
「これで安心しました。」
上空の薄い雲が
緩やかに流れる。
優しげな表情が一瞬翳り
「来月、故郷に帰ります。」
7.
この春、息子の翔が
無事、大学を卒業。
やっと来ることが出来た。
この潮の香りが懐かしい。
あの時と同じ
テトラポッドに腰を下ろす。
あれから夫と向き合い
今日まで来られた。
『元気かな?』
あの日と同じ水平線が
どこまでも続く。
あの人も見ているだろうか?
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