140字の風景(アラカルト)④
慰労
今日が仕事納め。
ラストスパートは
意外とハードだった。
今夜は一人で慰労会だな。
独りごちて
行き付けの暖簾をくぐる。
いらっしゃい!
大将の出迎えに導かれ
カウンターに座る。
タチの良いのが入ってるよ。
ポン酢で頼み熱燗で流し込む。
体中に滲み渡るのがわかる。
混線
少年の頃。
混線遊びが流行った。
固定電話の受話器を取り
ダイヤルせず耳にあてる。
深夜はかなりはっきり
色んな会話が聞こえた。
ある夜いつものように始めた。
様々な会話の中に
” ミクタギ君 ”
という自分を呼ぶ声が。
誰?と問うと
“未来の奥さん”
あれは夢だったのか?
大晦日
蕎麦が茹で上がった。
今年は親子とじにした。
テレビからは
紅白歌合戦が流れる。
今年の労いと来るべき年を
健康に過ごすため蕎麦を啜る。
口全体に甘じょっぱさと
昆布だしの風味が広がる。
旨い!
独りごちながら汁を飲み干す。
丁度、
除夜の鐘が聞こえてきた。
元日
手をかざし光を遮る。
真冬で勢いが無いとはいえ
初日の出は直視出来ない
神々しさを含み
我々を照らした。
今年はどんな年になるのか?
そんな期待と昨年の悪夢が
この胸を去来する。
それらを洗い流すように
降り注ぐ太陽の恩恵は
やってきた新しい年を
希望に導いていく。
雪原
一面を雪で埋め尽くす。
夜通し降り続いた。
山の斜面も白一色で
上下左右の感覚を失う。
その真っ白な雪原へ
両手を広げダイブする。
内臓が持ち上がり
ひとときの静寂の後
背中から雪へ沈み込む。
すっぽりと収まる心地よさ
上空では白い雲が
ゆっくりと流れていた。
カマクラ
例年より積雪の多い冬だ。
路肩には除雪によって
積み上げられた雪の山が
もう2m近くになっている。
来年から小学校に上がる娘に
カマクラをせがまれている。
忙しさを理由に
引き伸ばしてきたが
この連休中に完成させる。
娘と中でどんな話をしよう?
想像すると胸が高鳴る。
離島
見えていた島の外観は
港へと向かい姿を変えた。
2時間のフェリー航路
1人タラップを降り
島の空気を肺一杯に吸い込む。
初めてだが都会とは大違いだ。
島で唯一の信号を渡り
本日の宿に向かった。
気の良さそうなおばさんが
満面の笑みで迎える。
お袋に少し似ていた。
翻意
この歳まで
誰かを信じたことなどない。
出会いはやがて来る別れの
序章に過ぎないと思っていた。
人に深入りせず
上澄みだけを掬う人生は
ある意味潔いとさえ
感じていた。
そんな私が人間に
目を向けた切欠は
母が残した壮絶な日記。
不本意な私との
別離を知ってから。
退職
デスクの引き出しに
懐かしいものを見つけた。
顧客管理用、虎の巻。
全て手書きで各企業の特徴が
網羅されている。
一件一件、足を運び仕入れた
確実な情報だ。
これを元に市場を開拓した。
目的を達成し
次の居場所へと向かう。
どんな試練が
待ち受けているだろう。
異世界
最も寒いと言われる
北国のこの時期。
結局眠れず最寄りの湖まで
一人、車を走らせた。
夜はまだ完全には
明け切ってきない。
湖はいつもと違う顔だった。
表面に氷を這わせ
差し込み始めた
日の光に照らされ
ダイヤモンドダストに煙る。
時が止まり
幻想の世界へと誘う。
自分
明日からどうしよう。
諸般の事情により
この国は大不況に陥っている。
私の勤めていた会社も
廃業の道を選んでしまった。
公園のベンチで
途方に暮れていると
横に誰か座った。
” あっちの世界では上手くやってますよ。”
” まだまだこれからです。”
私と同じ顔の男が言った。
思念
空き部屋が2つ。
伽藍とした部屋たちは
物静かに佇んでいる。
しかしそこには様々な
想いの欠片が今もなお漂う。
喜び、悲しみ、怒り、諦め。
目を閉じぬとも
次から次へと浮かんでくる。
置き去りになった想いは
残されたものによって
いつまでも引き継がれていく。
輪廻
いつだって去る方は
全てを決めていて
去られる方は突然で。
何でこんなことに!、
と 考えて考えて。
ようやく折り合いがついた頃
また次の出会いを迎える。
そして性懲りもなく
同じように誰かを愛し
何もなかったように
苦い想い出はいにしえの
彼方に封じられる。
流氷
張り詰めた空気が
少しだけ和らいだようだ。
しかし北国の冬は
簡単には終わらない。
梅や桜が芽吹くには
まだ1ヶ月以上掛かるだろう。
ただ、この微かな初春の気配
やはり心が踊る。
今年は流氷の名残りでも
見に行こうかな?
最北の地から氷塊と共に
春を連れて来る。
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