140字の連載小説『観音様のヒモ』②
2.
彼女は一体何者か? 夏樹の頭にはそれしかなかった。
なぜ自分の素性を知っている? 背中の彫り物からその筋の人間である事は分かる。 そんな人物が何故? 沙織に言われるまま、夏樹は後を付いていく。
「ここよ。」
連れて来られた場所は都心にあるオフィスビルだった。エレベーターで沙織は3階のボタンを押した。 ホテルを出てから彼女は一言も喋らない。
3階はワンフロアの様だ。手前にカウンター。その奥にはデスクが20はあるだろう。 カウンターに沿って壁際を進むともう一つの部屋。 ドアを開けるとそこに強面の男が立っていた。
《お嬢……社長!こいつは?》
強面の男は夏樹を睨み付けながら尋ねた。年の頃は四十やや手前か。
「例の男よ。面倒見てやって。」
沙織は当然の様に言う。そして、
「この男は原田。分からない事は彼に聞いて。でもヒモだから、する事もね……。」
そう言って笑った。
『やっぱり沙織さんのヒモは無理ですよ!』
横から刺すような視線を感じる。
「あれ?昨夜のベッドの中と言ってる事が違うじゃない?」
『いや……それは……。』
原田がテーブルを殴る。
「原田!」
《すいやせん》
「まあ心配しないで、ね!」
沙織は意味深に呟いた。
◆ ◆ ◆
都内有数の高級ホテル。その宴会場で結婚披露宴が行われている。
関西最大の非合法グループ『松嶋組』の三代目·桑嶋慶次とその妻になる実和子とを祝う宴だ。 世間体を考え、参列者はフロント企業の関係者がほとんどだ。
その中に一際、目を惹く女性が。 早川沙織であった。
新郎新婦が出口で来賓者を迎える。 しんがりで現れたのは沙織だった。
“ お忙しい所を有難う!智君は本当に残念だった。”
桑嶋慶次は、沙織を待っていた様に呼び掛ける。
「私は一つも納得していない。あんたの化けの皮は私が剥いでやるよ。」
慶次の眼光が鋭さを増した。
◆ ◆ ◆
黒塗りのベンツが都会の闇を駆け抜ける。
後部座席には夏樹、ハンドルを握るのは原田だ。 沙織の暮らす一家へと向かう。
《簡単に説明しておく。いま向かう所は沙織お嬢を頭に十数名が暮らす。》
原田が語り始めた。
《早川連合は知っているな?》
『え?まさか?』
早川連合とは関東圏の非合法グループを束ねた最大組織。
西の松嶋組と双璧と言われる。沙織の父·隆三が総裁に座る。
《訳あってお嬢は今、親父さんと離れて暮らしている。》
そう言い原田はバックミラー越しに夏樹を見た。
《お嬢がお前を連れてきたのも意味がある。》
◆ ◆ ◆
「ただいま。」
“姉さん!お帰んなさい!”
若い衆達が一斉に迎える。ここは東京郊外にある沙織の自宅。
古民家風の建物に原田を初めとする一家の面々が暮らしている。
夏樹はリビングで一人手持ち無沙汰にしていた。
「夏樹!部屋においでよ。」
沙織がウインクで誘う。
沙織の部屋は女性とは思えぬ程に殺風景だった。
ベッドとタンスの他、中央に応接セットがあるだけ。 夏樹はソファーに促された。
『俺にも何かさせて下さい。息が詰まりそうです。』
沙織は夏樹を暫く見詰め、
「ヒモなのに変ね。」そして、
「仕事、無い事はないのよ。」
「女を1人、口説いて欲しいの。」
冗談かと思ったが沙織は真顔だ。
『え?何ですかそれ?』
「貴方がいつもやってる事でしょ?」
どうやら真剣らしい。
『沙織さん。何が目的ですか?俺に近付いたのも……。』
沙織は動じる様子はない。
「誘ったのは貴方じゃない?」
沙織は真剣な眼差しを続ける。
『相手は……誰ですか?』
根負けした夏樹が問うた。
「やっぱり夏樹は優しい。」
すっかり相好を崩し、手を握りながら甘える。
「桑嶋美和子。」
聞いた事がない。
「何者かは知らない方がいいわ。」
沙織は俯きながら笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
都内の、とあるカフェ。 20代と思われるカップルが談笑する。
「あの女がターゲットよ。」
沙織と夏樹は離れた席で様子を伺う。
「月に一度二人は会うの。女の方は不倫……だけどね。」
未だ分からずにいた。沙織が何をしたいのか?
「弱みも握ったし大丈夫だよね?」
カフェを出てから、夏樹は男の方を追い掛けた。 暫く離れた所で声を掛ける。
『桑嶋美和子さんとは、どういう関係ですか?』
振り向いた男は、やや後退る。
≪貴方は?≫
しかし驚き方が少し尋常じゃない。
『悪いようにはしませんよ。』
男は不安げに夏樹を見た。
『落ち着いて、今後の事を話しましょう!』
夏樹は努めて冷静に対応した。 この男には手を引いて貰わねばならない。
《私は……やはり……消されるのでしょうか?》
『へ?』
男が必死の形相で訴える。
《お願いします!命だけは!》
一つも噛み合わず時だけが過ぎる。
※ (ツイッター⑯~㉚)
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