140字の連載小説『観音様のヒモ』④
4.
沙織が振り向くと、何とそこには夏樹が立っていた。横には原田もいる。
「夏樹?なんで?」
『いや、沙織さん普通じゃなかったので……付いて来ちゃいました。』
「邪魔しないで!」
沙織は桑嶋に向き直る。
《残念だが、ここまでだな。》
サイレンが鳴り響いていた。
『沙織さん!警察です!逃げないと!』
夏樹が叫ぶ。 それと同時に桑嶋が物凄い速さで沙織に接近した。
不意を付かれた沙織は反応が遅れた。
しかし桑嶋は沙織の耳元に顔を寄せて何か話しているだけだ。
「適当な事を言うな!」
沙織の顔が紅潮する。 桑嶋の表情が翳った。
『沙織さん。無茶し過ぎですよ。』
夏樹はBMWの助手席で訴えた。
一緒に来た原田を先に帰して、夏樹は沙織の車に同乗した。彼女を一人にはして置けなかった。
『桑嶋に何を言われたんです?』
沙織は相変わらず険しい表情のままだ。 夏樹は不安げに沙織の横顔を見詰めた。
車は何故か都心へ向かっている。
『沙織さん。何処へ?』
一言も話さなかった沙織が漸く口を開いた。
「桑嶋じゃなかった。」
『え?』
夏樹はその意味を探った。
「冷静に考えれば辻褄は合う。何故もっと早くに……。」
沙織は前方を見詰めたまま、
「早川邸へ。」
早川連合、総裁の隆三が住む屋敷は都心だが比較的閑静な場所にある。 仮眠を取りながら移動したとはいえ、沙織の疲労は相当なものだと思う。 日は既に暮れ始めていた。
『沙織さん。今日は帰りましょう。事実を確認しないと。』
夏樹の投げ掛けも沙織には聞こえていない。
車で門の前に近づくと門番らしき男が二人寄ってきた。 しかし沙織の顔を見ると直ぐに警戒を解いた。 門が開けられBMWが中に入る。沙織は無言のまま日本刀を掴み車を降りた。
『沙織さん!』
夏樹は慌てて後を追うが先程の男達に呼び止められる。
“ 待てよ!あんた誰だ?”
あっという間に男達に囲まれた。 しかしその中の一人が夏樹を覚えていたらしい。
“ この人、お嬢さんの……。”
その一言で思い出したリーダー格の男が、
《すいません。どうぞ。》
彼らを通り過ぎる時、一人の男と目があった。 直ぐに向こうが視線を外す。
『猪俣?』
合コンにも来ていた後輩の猪俣? いやそんなはずはなかった。それより沙織さんを止めないと。 屋敷の奥へと進む。かなり前方だが沙織の姿を発見した。
『沙織さん!待って下さい!』
全く気にする様子はない。やがて沙織はある部屋の襖を開いた。 夏樹は走った。全力で。
遅かった。 部屋に辿り着いた時、辺りは一面血の海。 日本刀を片手に振り返った沙織は返り血を浴びた正に修羅だった。 その向こう側には隆三が倒れている。恐らく息絶えているだろう。
『逃げましょう!』
沙織を抱えて出口へと向かった。 間もなく男達の怒号が響いた。
夏樹は一直線にBMWへ向かった。 頭を取られた奴らは何としても我々を逃がさない。 屋敷を出て車まであと少しの所。男達が待ち受けている。
沙織が刀を振り回す。その隙に車の後部座席に乗り込んだ、筈だった。 寸での所で引き摺り出された夏樹。
『沙織さん!行って!』
◆ ◆ ◆
ここは? 部屋に窓は無く蛍光灯の薄明かりだけが照らされている。 両手足は縛られ、猿轡を噛まされていた。 男が二人を従えて部屋に入ってきた。見た事は無い。
《あんたが殺った事にさせて貰う。お嬢さんでは洒落にならん。》
そんな!しかし喉の奥で呻くしかなかった。
夏樹は混乱していた。何故自分が?幹部会で話が纏まったら始末されるらしい。 確かに沙織がやったとなると早川連合の名に大きな傷が付く。
しかしだからと言って夏樹が犠牲になる謂れはない……。 !! まさか !? 最初からこれが目的だったのか? 背中に冷たい汗が流れた。
逃げなければいけない。このままでは東京湾で魚の餌か? しかし何処にいるのかも分からない。夏樹は部屋の中を調べた。
窓が無い上に扉の類いも入り口の1ヵ所。ネズミ一匹出入り出来ない。 諦めかけた時、壁の一点に違和感を感じた。色が微妙に違う。 もしかして……。
変色している部分を押した。全く動かない。 苛立ちに任せ壁を殴った。……左にずれた気がする。 もう一度その部分を左に押す。壁に1cm程の隙間が出来た。
引き戸になっているらしい。人間が潜れる空間になった。 何処へ繋がっているのか? 夏樹は勇気を出して中へ入った。
壁の中は以外に広い。 最初は屈めた背中も次第に起き上がった。 通り易さから日常的に使われていたかもしれない。 5分も歩かないうちに光が漏れてきた。
そこを潜ると、どうやら屋敷の庭に出るらしい。 人影が動いた。身を屈めようとして 徐に顔を見た。 猪俣に間違いない。
※ (ツイッター 46~60)
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