140字の連載小説『女として』①
第1章
【20××年 11月3日】
『……離婚してくれる?』放たれた言葉は何かに跳ね返り、私の元へと戻ってくる。この言葉を使う時が来ると数年前まで考えもしなかった。いつから私はこんな女になってしまったんだろう。……この人が悪い訳ではない。でも、……もう愛してはいない。
【20××年 11月4日】
長女の部屋の押入れで目覚めた。昨夜の事は現実だった。あの人を裏切ってから私にしては上手くやれているつもりだった。「いつ言い出すのかと思ってた。」全くの勘違い。それはそうだ。娘達にすら気付かれていたのだから。しかしもう賽は投げられた。
【20××年 11月11日】
戻って来いとあの人は言う。全て無かった事にするからと。出来る筈がない。それならばこんな道を選ばない。この一週間何度も話し合った。いや私には話す事など無かったが、あの人の気が済むならと。私は何一つ失うつもりはない。どんな手を使っても。
【20××年 11月20日】
娘達は引き取るつもり。あの人には出て行って貰い、彼を此処に。“旦那さんに甘え過ぎるのは……。”綺麗事を言うな。あの人が納得したならそれでいい。《ママと3人で住むんじゃないの?》この辺りから綻びが見えてきた。気付くと娘の頬を張っていた。
【20××年 11月21日】
あの人があれ程怒ったのを見た事がない。やはり娘は渡せないと。徐々にゆっくり状況を変えながら着実に準備するつもりだった。思惑は崩れ、娘達の冷めきった眼差しに耐えきれなくなった私は、1人静かに家を出た。問題ない。大丈夫。私には彼がいる。
第2章
◆
どうやら眠っていた様だ。列車は既に前の駅を出発していた。あれ?夫と娘達は何処へ行ったんだろう? 私が眠っている間に何か見つけたのかな? 久し振りの家族旅行。はしゃぐ気持ちも良く分かる。そのうち戻って来るだろう。心地よい揺れは 再び私を眠りへと誘った。
1.
『気を付けてね。』出張へと向かう夫を送り出す。以前は娘達の面倒を見ながら、暫しの別れを憂いたものだ。だが……。今、私は鏡に向かい化粧に勤しむ。小学校から娘達が戻るまでの、ほんのひととき。妻、母から、女に変わる。この家庭は壊したくない。でも……。
2.
“何か、いつも寂しそうですね?” 彼のそんな言葉が切欠だった。パート先の友人やママ友たちと一緒にいても言われた事はない。私の中の何かが変化した瞬間だったと思う。それでも娘達は可愛いし夫を愛していると信じていた。自分は孤独だと気付くのはもう少し先になる。
3.
夫と肌を合わせなくなってどれくらいだろう?家族を送り出し、ひとり残された部屋で考えるのは幸せだった筈のこの生活の事。家事に協力的な夫は娘達が産まれてからますます優しくなった。この生活がずっと続くと思っていた。それなのに……。誤魔化す為、働きに出た。
4.
パート先の仕事は楽しかった。家庭以外で自分の存在価値を認識するのは久し振りだ。気分転換にもなるし娘達にも少し優しくなれる気がする。もやもやが消えかけた時、休憩室で彼に声を掛けられた。“何か、いつも寂しそうですね?” この言葉が私の人生を変えてしまった。
5.
彼との関係が深まるに連れて、夫との時間が苦痛になってくる。あの人の横で寝る事がこんなにも辛いとは……。『パート先の友人と遊びに行ってくる。』何の疑問も持たずに許してくれる夫は、やはりもう私を愛していないのか?貴方も浮気?そう考えると歯止めが利かない。
第3章
◆◆
強い衝撃で再び目覚めた。《線路内に鹿が侵入した為、暫くの間停車いたします。》何て事だ。久々の家族旅行に水を差す出来事に頭が良く働かない。不意に娘達の幼き姿が甦る。幸せだったな。可愛い娘達。優しい夫。何の不満もない。……夫と娘達はまだ戻って来ない。
6.
“ランチでもいかない?” 今考えるとそれが切欠だった。何故か自然に了解する私。食事くらいならという軽い気持ちではなく、この人ともっと話してみたい、という積極的な気持ちだった。やはりあの言葉が呪文のように私の体を巡り続けている。何かが軋む音が聞こえた。
7.
彼と何度か食事を重ねた。夫とは違って、器用な人だった。一緒にいると自分がとても大切にされている事を実感出来た。家庭こそが私のいる場所。初めてそれに疑問を抱いた。このままでは……。最後の一線を意識したこの時に、運命は宿命へと姿を変えたのかもしれない。
8.
運命の悪戯か。その日は娘達の修学旅行と夫の出張が重なった。彼が妻帯者ならば、もっと早くこうなっていただろうか? 離婚経験者で受け入れて貰える人だったからこそ最後の一線には拘った。いや、それよりも自分が器用では無い事を誰よりも分かっていたからに違いない。
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