140字の連載小説『観音様のヒモ』①
1.
新型ウイルスの流行も収まり街に活気が戻ってきた。
今宵この店で男女が集う “合コン”が行われる。新しい出会いに心踊らす者。誘われて仕方なくやってくる者。そして目的が少しだけ違うこの男。自分を養ってくれる女性を探しに。
そう彼は、所謂 “ヒモ”なのである。
『村上夏樹です。一応小説家目指してます!』
どこかで聞いたような名前で自己紹介した “ヒモ” の彼は早速女性の物色を始めた。左端に座る夏樹は慎重に品定めする。右から保育士、商社OL、クラブの嬢、そして……。
「早川沙織。……金融関係かな?」 めっちゃタイプ!
夏樹は正面に座る早川沙織にターゲットを絞った。年齢は28歳。二つお姉さんだが圧倒的な美しさだ。他の3人の男達はすっかり腰が引けている。しかしここで物怖じしないのが、夏樹がヒモである所以だ。
沙織のグラスが空く直前に 『沙織さん。次は何を飲まれます?』
沙織は暫く夏樹を見詰めてから 「有難う。それじゃ同じもの。」 そう言うと席を外した。
フォアローゼスの黒をロックで二つ注文する。
《沙織、綺麗でしょ?》隣の嬢が話し掛けてきた。
《ああ見えてお堅いのよ。今日も無理に誘ったの。宜しくね。》 これ、チャンスなの?
沙織が席に戻り、それとほぼ同時に飲み物が届く。沙織、夏樹の順に置かれた。うつむきながらグラスを傾ける仕草に惹き付けられる。他の6人と硝子で仕切られている様に、二人だけの時間が過ぎた。
『良かったら、もう少し話しませんか?』 夏樹の問いに沙織は頷いた。
夏樹は沙織と二人、先に席を立った。
《先輩!流石ですね。》猪俣が追い掛けて来る。
大学の後輩で、今日夏樹を誘ったのも彼だ。
『お先に!』笑顔で答え、先で待っている沙織の元へ。
「知り合いだったのね。」
『後輩なんです。』
二人は店を出る。妙に月が赤い夜だ。
店を出て歩き出した二人。 慎重に沙織を観察する。今一つ掴みどころがない。
「どうして私を?」 意外にも彼女からの問い。チャンスだ。
『上手く説明出来ないけど……何か運命のようなものを感じて……。』
『好きなんです。ローゼスの黒。』 沙織の瞳が怪しく光った。
“おいおい、これ何かイケちゃうのか?”
夏樹は展開の早さに戸惑う。いつの間にか辺りは怪しいネオン街に変わっている。
「私も……少し感じたかな……運命。」俯きながら沙織が言う。
そしてホテルの入り口に向かい振り返り、「どうする?」
“お堅いんじゃなかったの?”
腹を決めるしかない。少し予定より早いが……。 夏樹は沙織に近付きホテル内へエスコートした。 特に部屋は選ばず一番上階の空室へ向かう。
沙織は黙って付いてくる。エレベーターを降りると部屋番号の点滅が見えた。ドアノブを引き、中へ入る。赤い月が輝きを増した。
適当に選んだ部屋は素敵だった。大きめのベッドにソファー。アイボリーを基調とした雰囲気は落ち着く。
中央にやや広めのスペースがあり、沙織はそこに立ちこちらを向く。そして自らゆっくりと衣服を脱ぎ始めた。
“ここは天国なの?” 一糸纏わぬ姿の沙織がそこにいた。
美しかった。夏樹はその裸体に見惚れた。そして誘われる様に沙織へ近付いていく。それを合図に彼女は踵を返しシャワールームへと向かう。
その瞬間、夏樹は息を飲んだ。瞬きを繰り返し、何度もその背中を見詰め直す。
そこには一面に煌びやかな観音様が描かれていた。
夏樹はその場を動けない。沙織はバスルームでシャワーを浴びている。
“どうする?あれは本物だよな。見間違い?” 混乱する意識の中、最善策を探るも頭が良く働かない。 やがて沙織が出てきた。タオルを身に纏い、束ねていた長い髪を解く。
赤い月はその姿を消し去った。
「腹は決まった?」
いつの間にか沙織は目の前まで来ていた。そして夏樹の目を見据えて、そう問い掛ける。
『いや……あの……。』 煮え切らない夏樹に業を煮やしたのか、
「あんたも女で飯食ってんだろ?覚悟決めろや!」 沙織の怒声が響き渡る。
“え?どうしてそれを?”
沙織の詰問に、寧ろ腹が決まった。彼女に近づき肩を抱き締める。
「やれば出来るじゃない。」耳元で沙織が囁く。そのままベッドに倒れ込む。
「貴方は脱がないの?恥ずかしいんだけど。」急いで服を脱ぎ去り、再び彼女へ挑む。
濡れた瞳で待つ沙織にそっと唇を重ねた。
……目覚めるとベッドの上にいた。そうか。そうだったな。昨夜の記憶が甦る。積極的な彼女に終始翻弄された。俺とした事が。
「起きたの?」沙織は身支度を整えソファーで寛いでいた。
「これで契約成立ね。私のヒモとして……。さあ、用意して!」
今朝も主導権は彼女か。
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