140字の風景(アラカルト)⑥
虹の橋
起きたら全て夢であった。
その想いは叶う事はなかった。
微睡みの中、溢れた涙の向こうに
懐かしい光景が浮かぶ。
まだ短い尻尾を振りながら
幼き日の君がやってくる。
帰ってきてくれたのかい?
懐に向かい入れ抱き締める。
私を見詰め一鳴きすると
ゆっくりと消えた。
土産
最後の肉親である兄が
40を迎えることなく
この世を去った。
これで天涯孤独。
追い討ちを掛けるように
会社から解雇通告。
もうどうでもいいや。
浴びるほど酒を呑み
部屋に戻ると郵便受けに封書が。
兄貴? “ もう一度頑張れ! ”
それと一万円札が
同封されていた。
母の日
「お花、届いたよ。」
『遅くなってごめんな。』
「いいんだよ。忙しいんだろ。」
毎年、何かと言い訳をして
母に対してご無沙汰を
繰り返している。
その気になれば
やれることも甘えてしまう。
そんなことは
全てお見通しの彼女は
いつもちゃんと
逃げ道を作ってくれる。
雨音
雨垂れの音で静かに目覚めた。
不思議と落ち着くこの音が良い。
起きて仕事に行かなきゃ
そう思ったが今日は休みだ。
日々の疲れからか
途端にまた眠気が襲ってくる。
窓の外では相変わらず
雨粒がリズムよく弾ける。
やがてそれを子守唄に、再び
深い眠りへと落ちていった。
空虚
泣いて、泣いて、泣いて。
どこを歩いているのかも
分からなくなっていた。
仕事と毎日の生活に追われ
大切なものを見失った。
私のことを誰よりも考え
時には厳しく叱ってくれた
あの人はもういない。
喧騒の中、家路を急ぐ人達。
何も聞こえない
何処にも行く場所はない。
晩餐
今夜はカレーと決めていた。
時折、無性に食べたくなる。
決め手は玉ねぎ。
焦がさぬよう
飴色になるまで炒める。
そしてもう1つ。
スパイスも大事だが
隠し味にビールを少々。
コクが出て美味しい。
白ワインを添えて
今夜は一人きりのディナー。
ささやかな贅沢である。
新作
“ 責任者を出せ!”
怒号が飛び交う。
本日発売の人気ゲームが
何処にもないと言う。
何ヵ月も前から予約し
代金も支払っているのに。
怒るのは当たり前だ。
そこへ店内から
責任者らしい男が現れ、
喚き散らす群衆に語り掛けた。
『皆さん!ゲームはもう始まっていますよ。』
潮風
今日は気温が上がった。
6月初旬ともなれば
北国でも暖かい日が増える。
爽やかな午後の風に誘われて
海まで車を走らせた。
海岸線は砂浜に疎らな人影。
それを避けて
埠頭の端に車を止めた。
車外に出ると潮風が頬を撫でる。
それに身を任せながら
いつかの想い出に浸る。
脱出
カウンター越しの男に言われ
書類を書き記した。
” これで手続きは完了です。”
” 3日後の午前9時、出発です。”
流行り病から逃れるには
地球を離れるしかなかった。
しかしこれで助かった。
” 貴方まで順番が回れば、の話ですが…。”
だが店員の呟きは
喜びに掻き消された。
安息
幸せの基準は
それぞれ違うものだろう。
だから自分が思うものが
それだとは言い切れない。
しかし母は色々あったが 結局、
幸せなのだと思う。
懸命に頑張った結婚生活。
離婚後の地獄のような日々。
辿り着いた特養での安息。
断言は出来ないが
彼女の表情がそれを伝える。
感謝
始めた時は
ここまで続くと思わなかった。
たくさんの人に見て貰いたい。
その一点でここまでやってきた。
あの手この手で書き続けたのは
応援してくれる皆さんに
喜んで欲しかったから。
長い様で、あっという間だった。
今日で、一区切り付けます。
更なる飛躍を目指して!
引越し
最後の荷物が積まれた。
“これで全部ですね?”
作業員が尋ねる。
『はい、お疲れ様です。』
そう言って頭を下げた。
彼も帽子を取り
私より更に頭を垂れる。
そして素早くトラックに乗り
目的地へ向かう。
それを見送った私は
長い月日を共にした
思い出の部屋を見上げた。
まさか
深呼吸をして
吊り下げたロープに首を掛ける。
「なにやってるの!」
部屋のドアが開き
現れたのは妻だった。
「私を1人にしないで!」
足にしがみ付き、必死で止める。
俺は愛されていた。
「考え直して!」
全体重を掛け、しがみ付く。
……ちょっと待て、苦しい……。
出張
「えっ!そんな急に!」
『急遽決まったんだ。明後日には帰る。』
今朝、妻に出張だと嘘をついた。
時間があると色々勘繰られる。
「用意は自分でしてよ。最近は随分出張多いのね。」
予想通りだ。
『行ってくる。』
…助かるわ。出張が多くて。
「もしもし!今日逢える?」
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